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「硝子戸の中」 の歌詞について語りたがるごあめ

ゆうべ(ミコの誕生日!)に投稿したぞー!
櫻歌ミココンピレーションアルバム Vol.1 「La Princesse Pomme りんごのおひめさま」収録曲のアレンジバージョン!!

【櫻歌ミコ】 硝子戸の中 【ミコオリジナル曲】


歌詞

浴室の油漆(ペンキ)が乾くまで
缺伸許りして盆槍して 
屋根を叩く雨の音なのか
出鱈目な君の鼻謌かな

そんな何氣ない毎日が過ぎてゆく此の部屋の窓邊に
插した花が謌つてしまふのはこんな愛のうた 
不思議だね、わたしはもう嘘の吐きかたも忘れ
君の膝で猫に成る

庭には鶏が2羽に分かれては林檎の木の下踊る倍愛倫國舞踊(シュープラットラー)

何氣ない毎日が過ぎてゆく此の部屋の窓邊に
插した花が謌つてしまふのはこんな愛のうた 

闥(ドア)の向かふ短銃(ピストル)が鳴り響き
懸賞首にかかれあ窓から
君とわたしのお氣に入りの靴だけ投げればいい

目が覺めて窓開けてをかしな夢を話さう
雨上がりの星の屋根
鍉(スプーン)もお皿も耳澄ましてさ
硝子窓の内側で續いてくこんな物語



【性急な無駄口、または冗長な、あまりに冗長な解説】

この歌詞は一瞥してわかるように「安アパートでつつましく暮らす若いカップルの何でもない日常風景」を歌っているだけのものですが、そもそもの着想は、櫻歌ミコという子の基本設定「“狼”でもあり“赤ずきん”でもある存在」とはどのようなものだろう、という疑問から始まっていたりします。

シャルル・ペローが口承民話をもとに童話『赤ずきんちゃん』を書き上げた当時、「赤い頭巾」は無垢の象徴とされ、また「オオカミを見る」とはスラングで「純潔を失うこと」を示したらしいです。

つまり、この何とも不思議なザイエンデは「弄ぶ者/弄ばれる者、そのどちらか」などではなく、親や大人のまえでは【赤い頭巾】を被ってみせ(いい子を演じ)ながら実は貪欲に恋に焦がれている【狼】でもある存在・・・と捉えることも出来るんじゃないでしょうか。

というわけでこの度ミコさんには、家を出たまま帰らず(言いつけを守らず道草して)覚束ない新婚ごっこのような同棲生活を始めちゃった娘さんを演じていただきました。

また、「我が子はいい子。きっと誑かされているに決まっている」と思い込んでる親のもとに連れ戻されそうになることと、「人間は人間として生きるべきだ」と、育てられたオオカミの群から引き離され人間社会で生活させられる狼少女の伝説を重ね合わせ、周囲が考える幸せが果たして当人にとっても幸せなことなのかという問いも裏のテーマとして込められてたりするとかしないとか。

・「硝子戸の中(がらすどのうち)」は夏目漱石の随筆と同名。これは後に書かれる「道草」へのプロローグ的な作品でもあり、「赤ずきん」の道草に準えている。
・“窓辺に挿された花”は「桃色のハス」と「明るい黄色の花」をイメージしている(狼に育てられた少女、アマラとカマラの名前の由来)。蓮の花言葉は「雄弁・饒舌」。転じてよく囀る、“歌ってしまう”。
・“嘘の吐きかた”→オオカミ少年。
・“猫になる”→狼はイヌの仲間だがネコ目に属する(ネコ目イヌ科の)動物である。
・“シュープラットラー”はチロル~バイエルン地方にかけて踊られているフォークダンス。「赤ずきん」はこの辺りの口承民話がもとになっているという説がある。
・“ドアの向こうピストルが”→「赤ずきん」の猟師を示唆している。ここでは原作の救出者としてではなく、肩寄せ合い暮らすふたりを引き離そうと押しかける大人の存在として描かれている

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